四国林道05年5月

 

 

(1)

 

そして今年も四国へと足を運んだ。

と言うよりはタイヤを運んだと言うべきか?

しかしそうなると意味が違ってくるな?

 

ともあれ今回はスーパー林道と谷相林道それに楮左古小檜曽林道を、ホームページ内でも紹介している

がりちゃんとナンキーの三人で走ることになった。

 

林道に入る前にガソリンを補給。

この辺のスタンドは幹線道路を外れると先ず商店と軒を並べる。

 

 

俺はバイクを給油場所に止めガスコックを開錠すると、自動販売機のコーヒーを買って長椅子に腰を掛けた。

次の客に気を使って速やかに移動させる心配など無いのだ。

 

店のおばさんにこれから谷相林道に行く事を告げると「危ないからやめとけ」と警告された。

地元の人でもその谷あいは通らないらしい。

 

傍らからおじさんが私のCRM250を見ながら「このタイヤなら大丈夫」と言いながら近寄ってきた。

おばさんとの話しに参加するでも離れるわけでもなくだ。

 

スタンドの先には橋が掛かっており、

ここからでは水面は見えないものの岩に当たる水の音が確かに確認でき体に吸収される。

 

(心配いらんよ俺らはそおゆう所を好んで走りにきているんやから。)

そう呟やき、苦い缶コーヒーの残りを飲み干してバイクに跨る。

 

この辺では料金を支払った後、領収書を頂ける所は先ず無い。

それと料金のキリが非常に良い。

十円単位で請求され、中にはサービスだと一円単位は切り捨ててくれる所もあるくらいだ。

最終的な合計は街中より少々割高だけどね。

 

「林道の入り口は道が分かれているから解りにくいよ」とおばさん。

 

先ほどのおじさんがそれを見越してか軽四で現れた。

(そう、そうゆうことだ。)そう呟いて皆キックを蹴る。

林道の入り口まで連れてってくれる確認も取る暇なく軽四のおじさんは走り出した。

遅れまいと三台のOFFバイクはくっついてゆく。

 

たとえ遅れてもおじさんは待っていてくれる事は分かっていたが、親切を面倒で答えたくなかった。

 

先ほど見えなかった川の流れが見える。

これほど美しい水は本州ではなかなかお目にかかれないが、

ここにはいたるところで同じ景色を楽しめる。

 

 

人間にとって身近に清らかな水が有るって事は、間違いなく安心できる。

 

軽四は結構なスピードでコーナーからコーナーへ突っ込んで行く。

 

その道は昼間でも日が差し込むことは無いようで、

積もった杉の葉は絶えず湿っているようだ。

 

 

車が通った後に僅か顔を覗かせているアスファルトを頼りに、

ブロックの高いOFFタイヤが横に殴られないよう、

アクセルを優しく扱いクラッチもスローなクラッシックを演奏するかの様に接断する。

 

しばらく走ると先導していたおじさんが避難路に車を寄せ、

運転席の窓から嬉しそうに顔を出しこちらを見た。

 

(どうぞ、ここから一本道だよ)と、また俺は呟き、

横をすり抜けバックミラーに写ったおじさんに向かって握りこぶしを差し出し親指を立てる。

 

おじさんがバックミラーから消えるが早いか現実と非現実との境、

アスファルトとも縁を切ることになる。

 

道は雑草の密度を増し、岩の欠けらが少しづつ大な塊へと変化し、

山側から染み出てきた水は、深い轍となり俺たちの行く手を遮る。

 

落石でグニャグニャに曲がりくねったガードレールも途切れ途切れになり、

やがて無くなった。そしてここからが林道だ。

 

 

 

日常の生活で生命の危険を実感する事は先ず無いが、ここにはそれが横たわっている。

自分の不注意でそれは簡単に想像できる現実がここにはあるのだ。

 

この「谷相林道」は切り崩した岩盤が非常に多くアップダウンもある。

バイクには新品のOFFタイヤを装着してあるが、岩盤には不向きだ。

 

一口にOFFのタイヤと言っても、黒土、赤土、砂、砂利、左記の晴天と雨天でも分類される。

今の状況なら砂利のウエットがベストか。

砂利と言っても岩盤から切り出されたものだから刃物のように角が立って、

荷重を後輪に掛けたまま強引にトルクをかけアクセルを開けるとタイヤを切ってしまう恐れがある。

 

ここは上り斜面ではあるがパワーロス覚悟で、フロント荷重を重視し立ったまま走行するのがベストだ。

 

早々訪れたスタンディングフォームに、

ハンドルのポジションを座位置と立ち位置の中間で取った事を少々後悔した。

手首に掛かる負担を考慮してだ。

 

リアの荷重が抜けてあるぶんキャリアに縛ってある荷物のバタつきがひどいようだが、

後続車も居る事だし落ちたら知らせてくれるだろう。

 

 

 

自分のペース配分を組み立てた所で、状況は一変してしまった。

何と舗装されていたのだ。

 

林道に入って5〜6キロ走っただろうか。

 

綺麗なアスファルトにはゴミ一つ落ちていないし、

草木も覆い隠す事無くそれは存在していた。

 

アスファルトのコンディションを見るとこの先も途中から林道になっていることは予測でき、

ここだけが特殊な空間になっているようだ。

 

急に訪れた朗報に不満を感じつつ俺は乗車姿勢を変更し、

少々の不満をリアタイヤにトルクを掛ける事で紛らした。

 

そこからは快調快調!更に5〜6キロの距離を稼ぐ。

 

何気なくバックミラーを覗き込んでみると「んんっ?!1台居ないぞ」バイクが付いてきていない?

しばらく止まって様子を見るが一向に来る気配が無い。んんっ〜

 

目線は後方の道路から側方の景色へ

「しかし綺麗な雲やな」標高1200メートル、頂上が近いのかそこから上の道が確認できない。

 

バイクのエンジンを止め耳を澄ませても、人工物の音すら聞こえない。

ここには間違いなく自然の音しか存在していないのだ。

 

下界の景色を眺めながら道の真ん中に転んでみる。

空が直ぐそこにあったことを改めて実感した。

 

って、忘れていました。

ここまでの道は山をジグザクに走っているので、今居る所から下を見ると

走ってきた道がほとんど確認できるのだ。

 

人が居ない開放感も手伝って今来た道に向かって叫んでみる。

ナ・ン・キ〜!

 

すると直ぐ下で「ハ〜イイッ!」、なんや近いな。

 

Uターンしてみると400メーター位後方にナンキーは居た。

 

 

転びはしていないようだ「どうしたん?」

「エンジン止まりました」なっ、何と!トラブルで一番やっかいなのが、

今まで元気に走っていたのに急に止まってしまう!なのだ。

 

おおっ神様!何てイベントをお与えになったのか、

舗装路を見て憤激していた私を見るに絶えずこんな催し物を・・・・・。

 

と、同時に携帯がブルブルと震えている。(こんな山の中までお前は機能するのか?)

相手は今夜ご厄介になる宿泊先からだった。

 

宿、「お客様いまどの辺でしょうか?」

 

SW、「谷相林道の頂上付近を南に向かっています」

 

宿、「お客様、幹線道路は去年の台風で交通規制がかかり、一日三回しか通行できませんが、

最後の通行時間が18時で終わりです。」

 

腕時計を見ると18時30分を越えていた。

 

SW、「言っている意味がよく分からないんですけど。今からだとそちらに行けないと言う事ですか?」

 

宿、「一つだけ方法が有ります。スーパー林道なら通行できますが」

 

おっと、っと、・・・!昼間でも走行に注意を必要とするスーパー林道を、日が落ちてから走るっていうのか。

 

宿、「お客様は夜の食事を予約されていませんが、

そこからだとまだ60キロは有るし食事できるような設備も無いので、ご用意いたしましょうか・・・・・・」

 

まさか今連れのバイクがトラブッて、「これから修理してから出発します!」とは、言えなかった。

 

見る見る日が暮れ降ってきそうな美しい星の下と、初めて聞く動物らしき鳴き声。(かなり近い)

ナイフの位置を確認しつつ大自然の美しさと奇妙な泣き声、このアンバランスさに乾杯!

 

有難う御座います。そしてごちそうさまです。

 

 

 

生き返った気持ちになったのは翌日の朝、泥のように疲れきった体を温泉に漬してからだった。

 

 

二日目は何と朝出発して2百メートルくらいでトラブル。

私が記憶するに3回は止まったか。

 

 

こりゃこいつの機嫌を取っていたらなめられてしまう。

こいつの性根を叩きなおすしかねーな!

って訳でプラグの湿り具合がどうもおかしいって事で、分離給油を混合仕様に変更だ!

(これってツーリング先でするような修理か?)

 

てな訳で、二日目はほぼこれで終了してしまった。

皆くたくただが二日目の宿はライダーズ・イン。

疲れが抜けるどころか溜まりそうだ。

 

おまけに鳩とゲジゲジ、蜘蛛の死骸がお出迎えだ。

有難う御座います。そしてごちそうさまです

 

 

(2)

 

最終日3日目

 

前日の情報どおり今日は朝から雨だった。

 

何て素晴らしい天気!私はOFFバイクに乗り出して雨の日の走行がとても好きになった。

 

おかしなもので雨の日が好きになると、

曇った日も晴れた日もどんな天候でも「今日はいい天気な〜」と思えるようになった。

 

そう思うと雨が嫌いな人からすると2割〜3割得した気分になるからおかしいものだ。

 

今日の予定は楮左古小檜曽林道を抜け、大歩危小歩危に出て高松まで走ってフェリーの帰宅だ。

雨天用の装備を固めて連れの準備を見守る。

 

 

ライダーズインの道向かいにガソリンスタンドが有るのだが、

時計の針が10時を差しても店は未だ閉まっており、その外で2〜3台のバイクが雨の中待っている。

 

準備が出来、ここで出たゴミを処理し出発する頃には、待っているバイクは6台に増えていた。

 

最後の給油から90キロは走ったか、予備タンに入るまで180キロは走れる。

携行缶に5リッターのガソリンが有るのでガスに関しては問題ないだろう。

この後、ガスの目測を誤った事に気付くよしもなかった。

 

楮左古小檜曽林道は7キロほどの舗装路の先に21.5キロのダートが楽しめる。

アップダウンについては一昨日の谷相林道ほどではないが、

左右の振りが大きく、ガードレールの無い状況に慣れると谷側の旋回には注意が必要となる。

危険な箇所を危険と感じなくなる為だ。

 

我々は南斜面から北斜面へと抜けるルートで走り出した。

 

ライダーズインと並ぶように永瀬ダムが有り、ダムの向こう側が入り口となる。

 

ダムの南北を結ぶ橋が掛かっているのだが、この橋が水面から50〜60メートルの高さはあるだろうか、

おまけにタイヤと接地している所は金属製の格子で組まれているので、水面がよく見える。

雨に濡れたスチール製の格子は恐怖すら覚える。

 

どんよりと厚い雲、今日一日太陽を拝めそうにはなさそうだ。

 

雨は強い降りで、ヘルメットから流れてきた雫と直接突き刺さる雨とで、

鼻から水が浸入するし口からも入ってくる。

軽く溺れているような錯覚すら覚える。

 

口を真一文字に結び鼻からゆっくりと空気を吸って、やっとこさ水は防げるが、

そんな神経質な事をくり返してられない。

 

ダートに入る前に舗装路を走行するのだが、林道の舗装路は道幅が2メーターちょいで、

車と車を交わすのには避難路に入るしかなく、バイクの場合は要注意だ。

 

少々広めに確保された避難路に2〜3台の車が止まっており、何やら数人が話している。

 

脇に止めてそちらのほうに目をやると、白い大きなワンボックスを運転してた人が、

車から降りてきて「この先は土砂崩れで通れませんよ、引き返すほうが良いです」と。

 

「バイクでも走行できませんか?」

 

「んんっ、無理だと思いますが・・・・」

 

「そうですか、それじゃちょっと覗いてみます。」

 

「行くんですか!」

 

相手の返事もそこそこにスピードメーターは今50キロを越えた。

そして直ぐ道路はダートに変貌した。

 

雨の日の走行にごまかしは通用しない。

 

それがダートともなればなおさらだがスローインファーストアウト。

これはレース場で走る場合の基本だが、決して早く走るための技術でもない。

 

バイクを安定させる為には必要不可欠のテクニックだが、ダートではプラスアルファーが必要となる。

 

コーナーの入り口、直線部分で減速しフロントフォークに荷重を掛けボトムさせる。

ボトムしたフォークを伸ばす事も縮めることもなく、路面に適度なテンションを掛けたまま旋回してゆく。

 

フォークが伸びきると言う事は、フロントの荷重が抜けリア荷重が勝っているので、

急のハンドル操作が困難になる。

逆にフォークをフルボトムさせてしまうと横滑りを起こしてしまう。

 

直線部で減速しフォークを圧縮し旋回しながらアクセルを開けてゆく

この動作を何回も何回も繰り返す。

 

次に大切なのは今まさに曲がり出そうとしているコーナーの一つ先のコーナーを見ていなくてはならない。

目の前だけを見て走行していると余裕が無くなりブレーキを掛ける事しか考えなくなる。

 

集中力を切らせる事無く同じ事を繰り返す。

 

それは体のリズムとなり景色を楽しむ余裕が生まれてくる。

たとえ雨が降っていようといまいとこのリズムを変えることはない。

 

先ほどのワンボックスもこの道を通ったのか?なかなか頑張ったものだ。

体がほぐれてきたところで、道が突如広くなった。

どうやらここが頂上らしい。

 

割と早い頂上到着のような気もするが、この林道はここからが長い。

 

皮の削られた杉の木が何本か横たえられ左手には小屋が建っている。

バイクを止めて北側の斜面をのぞいて見る。

 

これから行こうとしている北側の斜面は20メーター位下から、霧が立ち込めていて下は何も見えない。

 

霧はそこから20センチくらいの層を創り、私が立っている頂上まで撫でるように這い上がってくる。

足を霧が隠す様に包み込み頂上まで侵食する。

 

南側のクリヤーな大気が、駆け上がってきた霧を北斜面に押しやる。

そしてあるときは押し負けたり舞い上がったりする。それと振り続ける雨。

何と言う幻想的な光景。

 

 

 

私は今この幻想的な光景の中心にいる事を実感した。

そして時は止まり何だか自分が動物だと言う事を改めて実感する。

 

気象の事はよく分からないが、この霧が雲になってゆくとしたなら、

私はその工程を手の触れられる距離で見ていることになる。

 

山中では雨宿りする場所も無いのが当たり前だが、この頂上には珍しく小屋が有るのでそこで休息を取る。

中に入ってみるとどうやら伐採作業員の休憩所のようだ。

 

皮の削られた杉の木は、正にここで休息を取っていた人達だろう。

 

数個の缶コーヒーが薪ストーブの上で転がり、トタンの屋根は雨の激しさを再認識させてくれた。

 

三人がドカッと腰を掛けるとうな垂れ、水滴が鼻の先端をたどりポトンと落ちる。

下を向いたまま「どうよ・・・・・」

「ダートを避ける奴はこの光景、この雰囲気を体験せずに逝くんやで。

これを体験して逝くのと体験せず逝くのとでは・・・・大きな差が出る気はせん?」

 

・・・・・・・・・・・聞く必要も無かったか。

 

 

 

 

楮左古小檜曽林道の北斜面には分岐が幾つかあり、何回か立ち止まってしまう事があった。

 

買い物袋に包まれた地図を確認するが、

何回も引っ張り出して確認するので地図が濡れて破れそうになっている。

 

次のページを捲りたいのだが、どうやらそれに指を添えると破れそうなので

地図を見るのをやめ、これから走ろうとしている二本の道を見比べてみる。

 

どちらの道も通行止めの柵が設けられてある。

 

道に生えている雑草の少ない方に進路を取る。正解である事を祈った。

 

しかしあのワンボックスのオーナーが言っていた土砂崩れは一体何処にあるんだろう?

 

林道の両サイドに倒れた杉の木、道が急に荒くなり林道と言うよりは廃道と言ったほうが適当か。

 

長い下り坂に轍が現れその轍は急激に深くなる。

一本だった轍は二本になり、ひどい所では網目状に轍が交差する。

 

ジッポーのライターほどだった岩盤は、人の頭ほどの大きさになり、

ガードレールの無いことを改めて集中し走行した。

 

とんでもないが轍を避けて走行するのは不可能だ。

まして雨が土質を粘土状にしているので滑り方が尋常ではない。

 

反対に轍の中では粘土状の土は洗われ小石が顔を覗かす。

迷わずタイヤを轍の中に入れた。タイヤの30〜40パーセントが轍の中に消えた。

 

轍の走行ではブレーキは厳禁。

アクセルを開きフロントの荷重を抜き、轍の側面にタイヤの側面をトレースする。

 

ちょうどウイリー感覚で走行する感じだ。

轍ではアクセルを閉じるではなく開けだ。

 

当然だがダートに入ってから人と出会う事は無い。

この雨と路面の環境で追い詰められる。

 

カストロールの焼けた臭いが唯一頼れるものがある事を、実感させてくれる。

 

霧の中からおぼろげに現れたのは道を塞ぐように横たわっている杉の倒木だ。

バイクを止め状況を見る。

 

 

木は道から左右に大きく伸びどちらの方向もかわすのは無理なようだ。

右手が1メーターくらいの土手で左は杉林、道を塞いでいる木は丁度

三角形を描いている。

どうやらこの下をくぐるしかなさそうだ。

 

三人が協力して滑る土の上をバイクを傾かせて押してゆく。

どうにかかわす事が出来た。

 

走行している間は問題ないのだが、さすがに力仕事をすると雨具の中も少々蒸れる。

 

そしてもう二つ目のアクシデントはほんの100メートルほど先にあった。

今度は土砂崩れで道が塞がっている。

 

同じくバイクを止め状況を確認する。

 

よく滑る赤土が大量の水分を含んで、立っているだけでも一苦労だ。

 

土砂の中には植林にするくらいの小さな木が巻き込まれ、

その木が轍を形成するように横倒しになっている。

その轍の先には道を外れて谷底へと向いている。

 

どうやらこの木を越えて進まなくてはならないようだが、雨に濡れた木の表面も非常に良く滑るから注意が必要だ。

前輪なり後輪のタイヤの回避が遅れたなら谷側に滑る一方だ。

 

ここはひとまずゆっくりと走行し、倒木を横断する際にタイヤが触れた時点で瞬発的な加速を与え、

パスした時点で粘土質の地面にゆっくりとトルクを効かせるしかないようだ。

 

 

三台とも何とか土砂崩れをパスした直ぐ直後、先ほどの光景が再度蘇る。

また木が道を塞いでいる。今度は二本並んでだ。

 

これは不可能だ。

それよりもそこから先の道がびっしりと雑草が茂っているのを見て脱力感を感じたのだ。

 

道は我々を解放する気配も無く一層と荒くなるばかりだからだ。

 

他に誰も居ない山の中で三人は腕を組みその先の道を眺めた。

振り向いて今来た道も眺め引き返すより手が無い事を悟った。

 

道幅が無いのでサイドスタンドを中心に手前にバイクを引く。

前輪と後輪が地面から浮き上がりサイドスタンドだけで立っている状態になる。

 

バランスを取りながらシートの上に添えてある右手を手前にぐいっと、

引いてやるとバイクはコマのように回転する。

こうすると体力を消費する事無く最小限で方向転換ができる。

 

バイクに跨りキックをけり込むがエンジンが掛からない?

何度蹴っても掛からない。

先ほどのターンでキャブレターからオーバーフローしたのかと、

何気なくメーターを見るとトリップメーターが160キロを指していた。

 

 

(3)

 

これは?

 

燃料コックをONからリザーブに入れ数回蹴るとエンジンに火が入った。

連れの二人が納得するように走り出したが、これはまずい。

 

予備タンクの容量は1.5リッターだ。

高速道路での燃費はリッターを24キロを越えていたが、ダートに入るとリッター2〜3キロは落ちた。

 

出発前は確かトリップメーターは90キロだったように思うが、ここまで70キロも走っていない。

せいぜい25キロ前後だろう。メーターを読み損ねた。

 

全長21,5キロの林道に、入り口舗装路が7キロ。

この林道に入るのに5キロは走っただろうか、ダートを40パーセント走ったとして9キロ前後。

今思い出したが携行缶のガソリンは昨日使い切っていた。

 

林道の半分は走ったのだろうか?これから引き返してガススタンドに辿りつけるのか?

折り返し地点を見誤った遠泳をしているようだ。

 

ここまでは下り坂、ここまで越えてきたセクションを上りでパスする状況になった。

下りより微妙なアクセルワークが必要となる。

 

道路状況を見、数本有る道を天秤に掛け、即座に賢明な道を判断する事が、重要なカギになる。

 

今来た道をなぞるようにして引き返すと、来る時には気が付かなかった道が一本表れてきた。

ここから見ると角度のきついY字路だ。

 

逆方向からだと霧のせいもあって確認できなかったかもしれない。

ワンボックスはこの道を走ったのに間違いないようだ。

それで話のつじつまが合う。

 

そしてなぞった道から外れる方を皆が選択した。

 

2キロほど戻って残り60パーセントを走っても14キロ前後は走る。

林道出口にガソリンスタンドが有る見込みは先ず無い。

そこから5〜7キロは走る覚悟が必要だ。

と、なると今残っているガソリンでチョンだな。

 

途中、大きく道路を塞ぐ土砂崩れが現れた。

どうやらワンボックスのオーナーが話していたものらしい。

 

三台はアクセルを閉じる事も無く、高さ2メーター長さ6メーターほどのテーブルトップをパスした。

 

道は舗装路に変わり積もった杉の葉が目立ってくると、何だか安心できた。

 

途中、数十メートルの区間にだけに生息していたカエルが居て、

全身が黄色くゴツゴツしており、目に黒いアイラインを引いたような模様があった。

 

大きさも結構あり食用カエル(大きさの想像が付くだろうか?)と

殿様カエルの中間くらいか、手のひらに乗せるとはみ出てしまうくらいの大きさだ。

点々と存在するカエルにナンキーがビックリして転んだくらいだから。

 

しばらくして集落に入り、その事に気付くまで少々時間を要した。

 

2サイクルの場合排気ガスをかわす為、距離をとって走るのが当たり前となっていたのだが、

ここでがりちゃんとはぐれたのだ。

 

ナンキーとしばらく待ってみたが音すら聞こえない。

 

携帯を確認したらどうにか電波が入っている。

A社の携帯を私は使用しているが、がりちゃんの携帯はD社

おそらくがりちゃんの携帯では圏外になっていることだろう。

 

それでも一応電話してみる。

やはり繋がらない。

 

ガソリンの事を考えると引き返すわけにはいかない。

 

一刻も早くガススタンドを探し引き帰さなくては。

がりちゃんのほうもそろそろガソリンが乏しい状況は同じはずだ。

 

道を間違えただけなら問題ないが、谷に落ちている可能性だって有る。

 

そこから5キロくらい離れた所にガススタンドはあった。

このスタンドは初日の谷相林道入り口にあったあのスタンドだった。

 

しかしお昼の時間を過ぎても開いていないのだ。

勿論、隣の商店も閉まっている。

 

この場所なら次のスタンドの位置がおおよそ理解できた。

次のスタンドまでは7キロは走らなくてはならない。

例え走った所でそのスタンドが営業しているか疑問だ。

 

途方に暮れていると近所のおじさんが商店の電話番号を教えてくれた。

これは助かった拾う神が現れた。

 

しかし電話番号を暗記していたのには少々ビックリもしたが、

小さな集落になると電話番号は暗記しているのだろう。

 

ナンキーが教えてもらった電話番号に連絡し給油してくれる確認を取った。

丁度その時、当の本人から私の携帯に連絡が入った。

 

がりちゃんも違うルートからふもとまで出ることが出来、電波を拾うところを探していたらしい。

 

待ち合わせ場所を決めガソリンの補給もスムーズにでき我々のテンションもちと高めだ。

 

 

 

ガソリンスタンドの給油場所にある軒先は、大きくとってあるので私は、はじめてタオルで顔と首筋を拭った。

 

スタンドを後に更に強まる雨の中を約束の場所まで走り出した。

 

今気付いたが袖から浸透した雨水が、シャツを漬し脇を通り胸元まで湿っている。

絶対に犯してはならない過ちを犯してしまった。

下着を濡らしてしまうと体温は急速に奪われる。

 

待合場所まで我慢するしかないが、濡れていない着替えの数も心配な所だ。

 

待ち合わせ場所はアウトドアショップとコンビニが軒を連ねている建物で、

交通量も格段に増え一般観光客の数も非常に多かった。

 

がりちゃんは待ち合わせ場所の長椅子にへたり込んでいた。

 

バイクをそこに回そうとすると駐車場を整理していた人に制止させられた。

そして私は急速に現実へと引き戻された。

 

ドシャ降りの雨にも関わらず、バイクの駐車は建物から一番遠い道路沿い。

雨の中を走ってきたので、雨の中に放置しても問題ないだろう。って、所か?

 

ドシャ降りの雨の中で俺は下着を取り出すはめになった。

 

コンビニの軒先に長椅子が置かれているが、濡れた長椅子に座るものは誰一人居なかったので、

俺はがりちゃんの横にドカッと腰を下ろし腹ごしらえする前に下着を交換した。

 

しかし何だ、今までバイクに縁の無い人達はどうしてここまで人を子汚なさそうに、

見る事が出来るのか不思議だ。

 

自分の子供或いは孫なんかがバイクに乗っていると、こんな扱いはしないだろうと考えてしまう。

 

少なくともドシャ降りの雨の中、建物から一番遠い場所にバイクを駐車させる事は先ず無いであろう。

 

着替えが済み一服していると、目の前にシルバーのボルボが止まり

中から綺麗なねえちゃんと小ぎれいな兄ちゃんが濡れないように跳ねながら軒先に入ってくる。

 

そのねえちゃんと、にいちゃんの出で立ちは頭の上からつま先までオールモンベル、

何とも良い香水の臭いを残しちらりと我々の方を見ると眉間にしわを寄せて二人は洒落たアウトドアショップへ。

 

こちらではコンビニから出てきたマダムが我々にビックリしてそそくさと携帯を覗き込んで知らぬ顔で通り過ぎる。

 

改めて自分の服装を見てみると、雨でいくらか流されたものの所々に泥が付着している。

それより雨具を脱がないで、びしょ濡れになったこの格好が異様なのか。

 

私が香料入りのシャンプーや石鹸を嫌うようになって何年が経つだろう。

猟師が使うシャンプーや石鹸は無香料が鉄則だが、私が使用しているものもそれに近いものだ。

 

高価なアウトドアウェアーに香水?こりゃ面白い!

 

んでもって「私は、優しい人が理想よ!」って、聞いても無いのに答えるんだろうな〜。

言い返すと「私を優しく扱え」っていう風に俺には聞こえる。

 

しかめっ面は、周りの人間を不愉快にするって事を、早く知った方がいいぜ。

多くの人はいや、常識の有る大人はあえてそんな事はしないものだ。

 

自分の感情より取り巻いている人間の気分を大事にしているのだから。

個人個人で物の考え方は違って当たり前だが、俺はそう考えているって訳だ。

 

そしてふと空を見上げた。光を遮断しどんより重い雲。

 

俺は先ほどまで何千メーター上の山に居た。

何十メーターにもなる断崖の脇をかすめ倒木の下をくぐり、落石の上を走ってきた。

 

去年の台風の傷跡を、ここにいるどれだけの人間が見たのだろう。

 

その気になればあの雲を、何時でも触りに行く事が出来ると言うことを

ここに居る何人の人が知っているのだろう。

 

 

 

05年5月1日 SW9638

 

 

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