注)少々ゆっくりと、噛締めるように読んでください


愛の唄





アクセルグリップに穴が開いてきた。
そしてグリッップにはしっかり私の手形が残っている。
その部位は右人差し指付け根の間接部分。

そう言えば、クラッチレバーに付けてある滑り止めゴムは、かならず人差し指先端から破れてくるし、
グローブは必ずと言っていいくらい左薬指の先端からほつれが入ってくる。

右グリップはアクセルの回転動作が入り、初期段階の操作では人差し指付け根に力が入る。
その後の回転は小指と薬指に力が掛かっているようだ。
レバーは瞬間的にブレーキよりクラッチの動作が頻繁だと教えてくれ、
薬指のほつれはレバー先端についているボール部分を無意識に撫でてできる私の癖だ。

リア荷重のハーレーは別として、タイヤはフロントとリアが丁度おなじくらいに取替え時期が来る。
それが理想の乗り方と自負しているし、タイヤ交換に車輌を持ち込んだときも、少々の優越感に浸れる。

むやみにすり抜け走行するものでもないし、四輪に自分を認識させる事がどれほど大切かも知っている。

真冬の高速道路で路面も凍る夜のサービスエリア。
水銀灯の光線の下にバイクを止め、熱い缶コーヒーで先ず指先を暖めているのは私だけでは無いはずだ。

夏は、汗で湿ったGパンがつっぱっり、
同じ状況のグローブをパズルを解くように一つ一つ指から解く。
洗面所で水をかぶっているのは僕一人くらいなものだが、
遠めで見ている人間を逆に眺めてみると、誰がバイク経験が有るかも直ぐに理解できる。

始めることより続ける事の方が大切だと、解りきっている質問を偉そうに謳う前に。
命に限り在る者が永遠という言葉をもてあそんだり、絶対と言う言葉の持つ力が、いかに頼りないものなのか知っているかのように。
穴の開いたグリップを見てるとバイクの何たるかと、私の生き様が、解けてくるような気がする。


僕は嫁さんとバイクで旅するとき、嫁さんに髪型のオーダーを取り、その通りに散髪するようにしている。
この歳になると「愛してるよ」とかは言いにくくなるもので、ましてや僕は日本人であり、「行ってくる」のキスなんかはできやしない。

バイクに乗れば僕は背中で嫁さんを感じ、きっと彼女は僕のポケットで私を感じている事だろう。

生まれ変わりと言う物が存在し、何万何億人と居る女性の中から君を選び、数知れない趣味の中からバイクを選ぶ。
その行為を気が遠くなるような回数繰り返そうとも何の悔いが有るだろう?いや、もう何回も繰り返してきたのかもしれない。

これだけ不安定で能力の低いこの乗り物が、
この現代にまで絶えることなく存在できたのは174、583人目の僕が174、584人目の僕に託し、
174、585人目の私が引き継いでいるのだろう。

あの峠で交わす言葉も無くすれ違ったバイク乗り。彼とは何回もすれ違っているに違いない。
あのタイヤ屋のおやじと、先輩後輩それに同級生は密接に絡んで受け継いできたのだ。

そうさ、確かにあの風の音は以前聞き、暖かい風を感じたはずだ。
愛の唄を何回聞き、君の温もりを何回感じたか。
そしてこれからもよろしくと、言っておこうか。


SW9638

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